エイズの歴史・エイズ年表

エイズ年表を見ていると、あの「エイズパニック」を思い出します・・・・

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1981年    エイズが初めてアメリカで注目され始めた年


●ニューヨークとカリフォルニアで合計26人のカポジ肉腫患者が見つかる。うち4名はカリニ肺炎を併発。
●ロスで5例のカリニ肺炎の報告。
●アメリカで、免疫機能を破壊する新しい病気が男性の同性愛者の間で流行していると報じられる。
●WHO(世界保健機関)がHIV感染者、エイズ患者の統計開始。世界の累積患者数381人。

1981年    エイズが初めてアメリカで注目され始めた年


【1982年】. . . 『新種の奇病がAIDSと命名された年』
●CDC(アメリカ疾病予防管理センター)がこの奇病をAIDSと命名する。
●アメリカの薬物常習者の間でエイズが激増する。
●日本の新聞としては初めて毎日新聞がエイズ報道を行う。

1981年    エイズが初めてアメリカで注目され始めた年


【1983年】. . . 『日本でもエイズ対策に動き始めた年』
●厚生省、エイズの実態把握に関する研究班を発足。
●CDCよりアメリカにおけるエイズの累積患者数が2,259人と発表される。そのうち、血友病患者は1%。
●アメリカ、トラベノール社加熱第Ⅷ因子製剤承認される。(ただし、B型肝炎の感染防止目的であり、加熱、非加熱製剤は併売される。)
●WFH(世界血友病同名)が非加熱製剤使用継続を容認する。
●エイズ研究班会議にて、帝京大で死亡した男性血友病患者の症例がエイズ認定見送りとなる。

1984年    HIVウイルスが発見され、検査方法が確立された年


●HIVが確定する。
●アメリカでギャロ博士らがHIVの抗体検査法を開発したと発表する。
●加熱製剤がHIV感染防止に有効だと確認される。
●帝京大の安部医師、ギャロ博士に48名の血友病患者の血液鑑定を依頼する。結果は23名が陽性。
●第1回エイズ調査検討委員会開催される。(後のエイズサーベイランス委員会⇒現エイズ動向委員会)

1985年    日本人エイズ患者が初めて見つかった年


【1985年】. . . 『日本人のエイズ患者が見つかった年』
●厚生省、エイズ調査検討委員会により、日本人初のエイズ患者認定。(アメリカ在住の男性同性愛者)
●血友病患者から3名のエイズ患者が認定される。
●朝日新聞が、「日本でもエイズ患者2名が死亡。輸入血液製剤が原因か?」と報道する。
●読売新聞、毎日新聞が「血友病患者の3人に1人はエイズに感染」と報道する。
●WHOが過熱製剤の使用を勧告する。
●アメリカ、トラベノール社が非加熱製剤の製造を中止する。
●厚生省、加熱第Ⅷ因子製剤を認可する。
●ロック・ハドソンがエイズで死亡(ハリウッドスター)

1986年    長野県松本市でエイズパニックが起きた年


●厚生省、エイズ抗体検査キット製造承認する。
●財団法人血友病総合治療普及会設立
●厚生省、非加熱製剤の回収終了
●全献血血液の抗体検査実施
●松本でエイズパニック
●日本で加熱第Ⅸ因子製剤が承認される。

1987年    神戸・高知でエイズパニックが起きた年


●神戸でエイズパニック
●高知でエイズパニック

1989年    血友病患者が非加熱製剤によるHIV感染訴訟を起こした年


●エイズ予防法施行
●大阪HIV訴訟提訴(血友病患者が国と製薬会社5社を相手に、非加熱製剤投与の責任を問う)
●東京HIV訴訟提訴(同上)

1991年    WHOが20世紀末にはHIV感染者が4000万人になると発表した年


●後に帝京大安部医師が業務上過失致死罪に問われたエイズ患者が死亡
●マジック・ジョンソン(NBA選手)がHIV感染を公表して引退
●フレディ・マーキュリー(ロックバンドクイーンのボーカル)死亡

1996年    薬害エイズ事件で被告人が逮捕・起訴された年


●管直人厚相がHIV原告団に国の責任を認めて謝罪する。
●東京、大阪、HIV訴訟和解成立。
●エイズで死亡した患者の母親が安部医師を殺人罪で告訴
●安部医師、衆議院、参議院で参考人質問
●安部医師、桜井よしこ氏、毎日新聞、新潮社、保田弁護士を名誉毀損で提訴
●安部医師、業務上過失致死罪で逮捕
●安部医師、業務上過失致死罪で起訴(薬害エイズ帝京大ルート)
●安部医師保釈が認められる。
●厚生省生物製剤課長、松村明仁、業務上過失致死罪で起訴。(薬害エイズ厚生省ルート)
●ミドリ十字歴代社長3人、松下廉蔵・須山忠和・川野武彦が業務上過失致死罪で起訴。(ミドリ十字ルート)

1997年    HAART療法によってエイズ治療が大きく改善され始めた年


●安部医師の裁判が東京地裁にて開始される。
●CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が新薬と、従来からある薬2種類を合わせた3種類の薬を併用する治療法を開発。エイズ発症を遅らせる効果が確認された。(HAART療法)
●国連エイズ計画(UNAIDS)が、世界のHIV感染者が3,000万人を突破したと発表。

1999年    NAT検査が導入された年


●エイズ予防法に替って、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が施行される。
●献血の血液検査にNAT法が導入される。(ウインドーピリオドが短期の検査)

2000年    WHOがHIV感染者3600万人、エイズ患者2100万人と発表した年


●薬害エイズ、ミドリ十字ルートに実刑判決。

2001年    薬害エイズ裁判で、帝京大学安部医師に無罪判決が出た年


●安部医師に無罪判決が出る。検察側控訴。
●村松被告に有罪判決(一部については無罪)
●新潮社、保田弁護士に対する一審判決出る。新潮社にのみ訴えを認める。
●毎日新聞社に対する一審判決が出る。訴えを棄却する。

2002年    HIV感染者団体JaNP+が発足した年


●桜井氏に対する一審判決が出る。訴えを棄却する。原告側が控訴する。

2003年    薬害エイズ事件の報道をめぐって裁判で争われた年


●桜井氏に対する名誉毀損の控訴審判決が出る。逆転有罪判決。
●毎日新聞社に対する名誉棄損の控訴審判決が出る。訴えを棄却。
●対新潮社、対保田弁護士に対する名誉棄損の控訴審判決が出る。双方控訴棄却となる。

2004年    薬害エイズ裁判の被告、安部医師が病気のため公判停止となった年


●安部医師に対する鑑定書提出。公判停止となる。

2005年    安部医師が死亡した年


●安部医師死亡。
●安部医師への刑事事件控訴棄却決定
●桜井氏、最高裁で逆転無罪が確定。対新潮社、保田弁護士の上告審判決出る。双方上告棄却。
●対毎日新聞上告審棄却、毎日新聞の勝訴確定。
●薬害エイズ、ミドリ十字ルート元社長2人に実刑確定。(川野被告は01年に病死)
●村松被告、東京高裁にて二審も有罪(一部無罪確定)

2008年    薬害エイズ事件の3ルート全てで判決が確定した年


●村松被告、最高裁が上告を棄却し有罪が確定。

2010年    薬害エイズ未決着の3被告に大阪地裁が和解勧告を出した年


●薬害エイズ訴訟で未決着の3人の被告が争っている裁判で、大阪地裁が和解勧告。国は受け入れを決定するがメーカー5社うち1社が受け入れを拒否。1996年以来、1,380人がすでに和解している。
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以上、エイズに関する主な出来事が分かる「エイズ年表」をお届け致しました。

エイズが初めて発見されてからもう30年。私は今でも初めてテレビのニュースで報道された
エイズ患者の姿を忘れることは出来ません。

ニューモシスチス肺炎とカポジ肉腫を併発した悲惨な病状を映し出していました。

しかし、エイズは当初、海の向こうのアメリカで起きた、同性愛者の病気だとしか思っていま
せんでした。私にはまるで関係ない、テレビや新聞だけの話だと思っていたのです。

それだけに、日本にエイズが上陸し、長野、神戸で起きた「エイズパニック」は衝撃的でした。
そして、私自身が2009年にはHIV感染疑惑で悩むことになります。

エイズがこの30年で、世界中の多くの人々の生活を変えてしまったことは間違いありません。

■この記事のポイント
○エイズ登場からの30年の歴史がひと目で分かる。

■あなたが絶対にHIV検査を先延ばし出来ない3つの理由とは?

「生存率」・「いきなりエイ ズ」・「潜伏期間」 3つのキーワードとデータが物語るエイズのリスク。

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